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ヨネダ社長ブログ

晩秋

2018年11月28日(水)

三連休は福知山マラソンの応援に行きました。

リフォーム福知山店の前で応援しました。

幸い天候も少し雨がぱらついた程度で最後まで崩れず良かったです。

弊社のランニングクラブ「米走道」(こめそうどう)は9名参加8名完走の好成績でした。

勿論鳴り物を首からぶら下げての応援でした。

後でO君から「鳴り物入りの応援がよかった!」とのお礼メールがありましたw


 

 
 
翌日は子供たちに1年遅れの還暦祝いに城崎温泉に連れて行ってもらいました。

到着後予約していたフォトスタジオで記念の家族写真を撮影してもらいました。

その後夫婦の記念写真になりましたが、私の表情が硬い為「お父さん笑って!」とカメラの横でEXLEの「チューチュートイレイン」をグルグルと三人で踊り出しました。

フォトスタジオの方が大爆笑!でしたw

さんざん温泉街の外湯に入り近在の宿に泊まりました。
 
翌日城崎温泉のロープウェイで山頂に上がりました。

山頂付近に簡素な記念館がありどっかで見た事がある方の銅像でした?

中へ入ってみると城崎温泉町の出身で初代関西電力株式会社の社長で黒部川第四発電所建設(黒四ダム)を決断され世紀の難工事を陣頭指揮された太田垣士郎翁の記念館でした。(当時総工費513億円。投入労働力1千万人)

丁度今年の9月に砂利採取業の西部開発(弊社の子会社)社員旅行で黒部立山アルペンルートに行ってきた所でした。

盛んに関西電力中興の祖太田垣士郎翁の写真を見る機会がありました。

映画「黒部の太陽」にも太田垣士郎翁が描かれています。

黒四ダム建設終了後使用後のロープウェイを活用しようとして、郷里の城崎温泉での活用を考えられたそうです。結局移転費用が高く翁の肝いりで新規に会社を興し新設されたそうです。
 

 
 
そういえば、城崎温泉といえば11月下旬に業界団体の用事で東京まで「山陰近畿自動車道 整備推進決起大会」に行ってきました。

各首長や衆参国会議員さんの挨拶がありましたが、島根県知事さんのご挨拶が出色でした。

大まかな概要は

・・・山陰近畿自動車道の沿線の京都府の与謝野町には明治時代に活躍した歌人与謝野鉄幹が出身で、兵庫県の城崎温泉では与謝野鉄幹(寛)が「ひと夜のみ ねて城の崎の湯の香にも 清くほのかに 染むこゝろかな」と詠みました。晶子は「日没を 円山川に 見てもなほ 未明めきたり 城の崎くれば」と詠みました。鳥取県の鳥取砂丘では与謝野晶子は「砂丘とは 浮かべるものも あらずして 踏めば鳴るかな さびしき音に」と詠みました。ことごと左様に山陰近畿自動車道は・・・・

とても洒落たご挨拶でした。

石碑は幕末に京から逃れて来た桂小五郎が一時城崎温泉の旅館で匿われていました事を司馬遼太郎氏によって記されていました。

「城崎にて」を執筆した志賀直哉、有島武郎など古今東西の文人墨客に愛された城崎温泉でありました。

あっ・・・・それと、地元の方がとても丁寧に大事に温泉街を運営されている気がしました。賑わいもかなりありましたが、外湯などどこへ行っても気持ちよく過ごせました。