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仲秋

2019年09月23日(月)

秋分の時節となり、空気の澄んだ季節となりました。

3DAYSインターンシップの第1回目も無事終わりました。

大学3年生の3日間の泊りがけのインターンシップは初めてで慣れないことばかりでしたが、事前の打ち合わせを何回も重ねたお陰でなんとか無事に終わりました。4名の学生さんの反応も概ね良かったようで「ほっ!」としております。10月以降も続きます。
 
  
  

さて、秋の夜長、読み返している本があります。

フランク・マコート著「教師人生」「アンジェラの灰」(ピュリッツアー賞伝記部門受賞)「アンジェラの祈り」です。著者の生い立ちを描いた3部作です。NYでアイルランド人の父母から生まれた著者が貧しさから4歳で父母とアイルランドのリムリックに帰り輪をかけた極貧の生活を送る。父は飲んだくれで、愛国者で生活能力が無い。六人兄妹の内三人は栄養不良、不衛生な環境、疾病から次々なくなる。父は失業手当を貰っても1週間の給与を貰ってもその場でバーへ行きパイント(ビール)を飲んでしまう。戦争の始まった景気のいい英国へ出稼ぎに行くが幼子のいる家族への仕送りはバーのパイントに消えてしまう。

当時アイルランド🇮🇪(旧教)は永年に渡るプロテスタント(新教)の国、英国の収奪により経済が疲弊。母は家族を養う為にカソリック教会の施しの列に並んだりして最低限の命を永らえる。暖房の石炭がなければ幼い兄弟で道路に落ちている石炭を遠くまで拾いに行く生活。又、アイルンドではカソリック(旧教)の為、学校、教会では聖体拝領、堅信礼、告解の秘儀、教理問答、使徒信経等が事細かく生活に入っている。リーミ国民学校では教師からカソリックの教義の覚えが悪いとその都度鞭で打たれる。

著者はラジオ放送などを聴きながら米国🇺🇸の豊かさを思い渡米資金を貯める。リムクック市では電報配達係、英国のプロテスタント系雑誌(避妊の記事で大騒動が起きる。カソリックでは避妊が禁じられている。)の配達係、金貸し老婦人の督促状代筆(老婦人が亡くなった時に居合わせた為に渡航資金をいくばくか流用。叔母の名前が取り立て帳に書いてある為、川に流す。)の日銭稼ぎをする。遂に十九歳でニューヨークへ上陸。

ホテルの雑役夫、兵役(ドイツ🇩🇪バイエルン州の補充所への派遣。軍用犬の調教兵、中隊書記としてタイピストの腕を磨く)、退役後ニューヨークでの港湾倉庫会社での積荷おろし夫として働く。ニューヨークでは終業後毎夜同僚と飲み歩く日々(アイルランド人は呑み助で有名。NYにはアイリッシュバーがいくらでもある)。失恋から保険会社で働こうとし研修を受けるも挫折。再度冷凍会社で働くも「何のために米国へ来たのか?」自問自答の日々。復員兵救護法を使いNYU(ニューヨーク)大学で働きながら学び始める(高校卒資格がないために一年間B平均の成績を維持することで入学を認められる)。教育学部に入学し教員を目指す。作文の授業の中で著者が厳しい幼少時代の体験を描いた「ベット」や「畑」が採り上げられる。

典型的な中流階級のプロテスタントの美しい女子学生との恋、葛藤そして結婚。1957年夏学位取得。教員試験に合格し高校の英語教師の資格を得る。翌年スタテン島のマッキー職業訓練校で英語教師のピンチヒッターとして働き出す。初授業で新米教師を揶揄う生徒たち。生徒が教室で著者に向けてサンドイッチを放り投げる。それを拾い上げて食べる。「うまい」。生徒の拍手喝采。職業訓練校ではいかに生徒の目を授業に向けさせるかを苦慮していた。

ある時に生徒が前日の(生徒が創作の)欠席理由を説明する母の手紙を持ってきた。「80歳になる本人の祖母、つまり私の母がコーヒーを飲みすぎて階段から落ちたので本人に祖母と妹の面倒をみて貰う為に家に居てもらいました。お陰でフェリー乗り場のコーヒーショップの仕事に行くことが出来ました。本人を許してやってください。息子は先生の授業が大好きなのでこれから頑張ると思います。かしこ」

それに触発されそれまでの純粋の母親による欠席理由書と創作の理由書の二種類を読み直した。宝のような小説、ファンタジー、想像力、信心深さ、自己憐憫、家族問題、湯沸かし器破裂、天井落下、火事で全焼、赤ん坊とペットが宿題におしっこ、予期せぬ誕生、心臓発作、脳卒中、流産、強盗・・・。著者は生徒に「創作の神の顕現」を感じた。授業の一環として生徒に創作の欠席理由書を書かせると類稀なる集中力を発揮し授業時間が足りなくなった。「もっと、もっと。もっと書いてもいい?」校長、教育長から授業を絶賛される。「私が言いたいのは、あの授業、あの教材、何をしていたにせよ最高だった、ということだ。最高だよ。マコート君、あれこそ我々に必要な、地に足のついた教育だ。あの生徒たちは大学レベルの文章を書いていた。」

高校での教員生活に限界を感じ、アイルランド最古の大学トリニテイ・カレッジの大学院へ進学。研究ははかどらず挫折。ニューヨークへ戻る。女児を授かるも結婚生活の破綻。

全米トップクラスの高校スタイヴィンサント高校の英語科の教員の職を得る。様々なノーベル賞受賞者の母校でもある。生徒たちは入学が許可されれば全米最高峰の大学への門が開かれる。・・生徒たちは伝統的な英語の授業から絶えず脱線させようとするが、著者は敢えて彼らの策略のに乗ることにした。自由裁量が与えておられており、創作や文学について色々な方法を試してみる事、独自のクラスの雰囲気を作るよう心掛けた。

ある授業の折に生徒から「マジパン好きですか?」(アーモンドと砂糖を練り合わせて作った菓子)と聞かれ食すと美味だった為、生徒から要求する合唱が起こった。翌日生徒が「36個のマジパンを持参する」と宣言。次々と生徒から「父親のレストランの残り物を持ってくる。本当に美味しい。」韓国人の女の子が、「母親の作った口が火傷するほど辛いキムチを持ってくる」・・・。翌日多種類の料理を公園で並べて皆で試食。生徒に翌日家にある料理本を持参するように要請した。

授業では料理本を朗読する時に一緒に生徒が自主的にフルートを演奏したり、パーカッションを演奏し授業が熱気を帯びる。教室ではギターリストが弦をかき鳴らしオーボエ、ハーモニカ、ボンゴを鳴らす。・・・著者は教室で輝くようになっていった・・・。

夜半に再度読んだりしていますが、幼少期の苦境の中での記憶の確かさ、たくましさ、ユーモアとペーソス。人生の至る所でのカソリック的な悩み。(常に告解に悩まされる)テンポの良い語り口、ストリーテラーとしての豊穣さを感じます。 
 
 

・・十月から四月まで、リムクックの壁という壁は濡れて光っている。服は乾かない。ツイードのコートに何やら生き物が湧き、時には正体不明の植物が芽を出す。パブの中では湿った体と服から湯気が上がり、紙巻きタバコやパイプの煙に混じって肺に吸い込まれていく。こぼれたスタウトとウイスキーのすえた蒸気が加わる。屋外便所から小便の臭いがする。そこは、大勢の男たちが1週間の稼ぎを吐きに行く場所・・・※

・・・ベンソン先生は大変なお年寄りだけど、毎日大声で怒鳴り、あたりいっぱいに唾を飛び散らせる。前にすわっている生徒たちは、先生が病気を持っていないことを願っている。だって、病気は唾で伝染する。先生は右にも左にも病気をばらまいているかもしれない。お前たちは、教理問答書を前からも後ろからも横からもいえなければならん、という。十の戒め、七つの徳、七つの秘跡、七つの大罪、これも知らなければならん。七つの徳には枢要徳四つと対神徳三つがあるぞ。そして、お祈りだ。全てのお祈りを覚えなければならん。アベマリア、主の祈り、告白の祈り、使徒信経、懺悔の祈り、聖処女マリアの連禱、全部だ・・・※

・・・親愛なるミセス・オブライエン
貴殿からの支払いが遅滞しておりますゆえ、可及的速やかにお支払いただきたく、ご案内申し上げます。これ以上、お支払いなきあかつきには、法的措置に訴えるものとご承知おきください。ご子息マイクル様は当方がお建て替え申し上げたスーツで着飾り、世界を闊歩なされておりますが、当方はようやくパンくずにて命をつなぎとめておるしだい。誠に理不尽。リムリック刑務所の地下牢にて友人・家族と生き別れ、一人寂しく余生をおくることは、到底貴殿ののぞむところにあらずと推察申し上げます。
          訴訟準備に忙しい、あなたの
          ミセス・ブリジット・フィニューキン・・・・※

・・・あれからもう四年近くになる。私は、いま、スタテン島行きのフェリーの船上にいる。ネクタイをとり、上着のポケットに突っ込んで、その上着も脱いで肩にかけている。職はなく、ガールフレンドは去り、名前には小さな赤い旗が立っている。ビルトモアホテルに行けば、また雇ってもらえるかも知れない。ロビーを掃除し、便器を磨き、カーペットを敷く毎日・・・。いや。できない。いやしくも伍長までした私だもの。またあのどん底に戻ってどうする。
エリス島には、かつて移民事務局が置かれていた。建物のあいだで腐りかけている古い木造フェリーを見ながら、ここを通り過ぎた無数の人々のことを思った。ヨーロッパ中からアメリカを目指した人々がいた。病気が見つかって追い返されるのを恐れ、きっとはらはらしながら上陸を待っていただろう。耳を澄ませば、エリス島から大きなうめき声の波が聞こえてくるような気がする。上陸を拒否された人たちは赤ん坊を連れたまま、チェコスロバキアやハンガリーに戻ったんだろうか。そんなふうに送り返されるなんて、歴史上一番悲しい人たちだ。たしかに私も目が悪いし、名前には赤い旗が立っている。けっこうたいへんだけど、少なくともアメリカのパスポートがあって、追い返されることはない。・・・⌘

※・・・「アンジェラの灰」 フランク・マコート著より

⌘・・・「アンジェラの祈り」 フランク・マコート著より


ゆく夏

2019年08月18日(日)

盆休み前は都内に所用があり出張し宿泊。

翌朝、子供二人と昼食を供にすることになり、午前中に待ち合わせ場所に近い区民センターのプールに出かける。

ターミナル駅から徒歩7分ぐらい。

居酒屋やホテルなどのたて込む歓楽街を抜けて区民センターに行く。

高い煙突と高層ビル。

ゴミ収集車も煙突の方に吸い込まれて行く。

9階で受付し11階のプールに上がる。

料金は400円。 首都圏の経済力を感じる。

レーンに人が多くビックリしたが、なんとか泳げる。

一時間近く泳ぎ待ち合わせ場所へ。

歓楽街の中の飲茶料理店。

値段も手頃で美味しく長女、次男とまったり過ごす。

八角の香りのするもっちりした豚足なども食べる。

くつろいでとても楽しいw


 
 
 

食事が終わり二人と別れ、すぐに竹橋の東京国立近代美術館へ向かう。

もうそこそこの回数通っている。

鑑賞時間が一時間半ぐらいしかなく、急ぎになり少し物足りない。

アニメの日本での創始者、高畑勲展も鑑賞。

途中ライブラリーがあり、白黒の建築グラビア雑誌があり暫し、吸い込まれる様に座って眺める。

・・・至福の時間・・・・。

皇居のお堀の眺望の良い休憩コーナーがところどころにある。

至宝とも言えるMOMATコレクションの所蔵展があり、いつ来ても素晴らしい。

帰りにミュージアムショップで絵葉書を数十枚あまり購入。

いつ来ても絵葉書を沢山購入するので結構なヘビーユーザー?


 
 
 

夕刻、待ち合わせ場所の高尾山に近い多摩地区の街に向かう。

大学スキー倶楽部同期の友二人と待ち合わせ。

ホルモン屋の開店時間に席につく。

一気に話は盛り上がる。

5月の連休前にやった倶楽部の後輩の代との同窓会の反省。

OB会の諸々の話・・・。

かなりデイープな話になる。

この街に住む友は毎朝早朝に起きてプールで二時間泳ぐ、夏以外は勤務先まで一時間四十分歩いて通う。

一日二食。

体脂肪は11%。(本人曰く)
 
 

・・・・なんか・・・この歳になって・・吾が友は仙人みたいになってきた・・・w
 
 
 


土用

2019年07月27日(土)

今年は入梅は遅かったですが、梅雨も明けたようです。一気に暑くなり熱中症の心配もされるようになりました。

弘法川床上浸水対策特別緊急工事関連
開明伸銅様第4工場増築工事(亀岡市)

現場も暑い中、工事もどんどん進んでいる様子です。

私も先週末には八尾市で株式会社平和化研様第三工場・事務所(鍍金工場)の竣工式、翌日にはリフォーム事業部福知山店の移転新築オープン記念の感謝祭がありました。

足掛け1年以上の長い工事期間となり、地下水に悩まされたり、大型台風の直撃を受けたり、八尾空港の航路で高さ制限があるなど思い出深い現場となりました。

お客様のお喜びもひとしおでした。

リフォーム事業部福知山店の感謝祭は二日間で206組のOB客様ご来場いただきました。

お取引先やお客様から沢山のお花やお祝いをお届けいただきました。

有難うございました。

心よりお礼申し上げます。

当日の接客やお礼状の送付、内祝い(お菓子)のお届け、お礼のお電話等諸々の用事がありました。

一連の建設計画の決定から、設計、工事、引越し、御披露と終わり少し「ほっ」としています。

担当者も自分の業務をしながらの計画から移転で大変であったと思います。

お客様やお取引先様のお蔭で新店舗で営業できることに心より感謝いたします。

 
 
そのほかにも昨日には神戸テクノ・ロジスティックパークで塗料会社様の第二工場の地鎮祭がありました。

住吉神社の女性宮司様から設営のときに

「ヨネダの社員さんは皆てきぱきして優しいね」

とおっしゃっていただきました。

 
 
先週月曜日には兵庫県多可郡多可町で部品製造会社様の地鎮祭がありました。

会社からの道中は雨が降っていましたが、神事の始まる頃には雨が上がりました

普段は小学校の校長先生をされている稲荷神社の宮司様から

「私は『晴れ男』でたいてい晴れになります。」

施主様の社長様も同じく「晴れ男」さんでした。

地鎮祭を終わったときに宮司様から

「色々なところで地鎮祭をして来ましたが、ヨネダさんの地鎮祭が間違いなく一番丁寧ですね。皆さんの建設にかける思いが伝わって来ます。」

とお話いただきました。

 
 
ちょっと嬉しい米田でしたw


夏は来ぬ

2019年06月20日(木)

6月に入り爽やかな気候でしたが、一気に陽差しが強くなってきました。

住宅事業部の感謝祭が長安寺公園で6月初旬の日曜日に開催されました。230名余りのお客様にご来場いただきました。

最初の2時間はたくさんの焼き台で夢中に肉を焼き続けました。

天候も曇りで屋外で気持ちよく一日を過ごしていただきました。

私たちもあっという間の一日でとても楽しかったです。


  

 
 
翌週末は市内の〇〇荘でユーミーマンションの施主会が行われました。

41名のオーナーさんにお越しいただき楽しいひと時をご一緒させて頂きました。

遠くは豊岡、篠山市からもお越しいただきました。

普段お目にかかれていないマンションのオーナー様にお目にかかれてとても嬉しかったです。
 

 
 
6月は総会のシーズンです。

某日京都市まで関係してます△△協会の通常総会があり行ってきました。

今年は10月に初めての全国大会が京都市であり所轄官庁さんや理事の皆様方大いに気合が入っています。

総会後皆さんで立食の懇親会があり結束を固めました ^^)

終了後電車の時刻までかなりあったためどこかで休もうと京都駅構内を見まわしました。

エスカレーターがどんどん上に向かって伸びていっているので上に上がっていきました。

階段状の広場があり電機仕掛けで様々な紋様が動いていました。

その広場の端は駅正面と裏側を結ぶ広~い展望台でした。

夕暮れの爽やかな風が吹き抜け気持ちの良い空間でした。

展望台の端に腰かけ読みさしの文庫本「日本渡航記(フレガート『パルラダ』号より)』」(ゴンチャロフ著井上満訳)を読みました。

(嘉永六年に米国と時を同じくして露西亜が米国と同じく四隻の艦隊を長崎に差し向けて修交条約を迫るお話です。訳文が素晴らしく当時の長崎奉行や御検使、通詞等登場人物の苦渋の対応の描写が活き活きとしています。長崎湾の美しい景色の描写も味わい深いです。)
 
 
・・福知山に着きますと駅から車を停めてある某協会まで歩いて行きました。

会社では出先のA支店のK君が打ち合わせがあり私の帰りを待ってくれていました。

ぼんやり考え事をしながら歩いていました。

・・最近はK君のA支店へ行って皆と食事をしていないなぁ・・・。。B支店は先月行って珍しく皆と食事をしてきたし・・・。そうだ!今度行こう・・

前方を見ますと鳥料理の飲食店の横で背丈の高低のある男女三人連れが立っていました。自転車も横においてあり高校生かと思いました。

「!」

弊社の新入社員三名でした。

「今日は同期会をします。」

「あ~楽しくね(#^^#)」
 


 

少し行きかけて気が付き踵を返し僅かな心つけを渡して離れました。

協会から車を出すとき向こうをみますと人数がもう少し増えてました。

過ごしやすい初夏の夕暮れでした。
 

 
 
 
 

 


感謝。

2019年05月26日(日)

五月晴れの朝、所用があり遅れて出勤しますと洗車場でO君が私の車を洗ってワックスをかけてくれてました。

恐悦至極で申し訳なかったです。

納車以来1回もワックスをかけていない車です・・・(^^;
 

 
 

リフォーム部福知山店も間も無く竣工です。

フロアー材を弊社のお得意様から入れました。

思いかけず、営業部の方から弊社担当者に「無償で結構です。」との連絡がありました。

恐縮して幹部の方に電話しますと「君のところが建てるんだから、なーになーに・・w」との事でありました。
 
 

某日夕刻、幼馴染から電話がありました。

お昼を一緒しようとの事でしたが、仕事が忙しくキャンセルの電話でした。

「・・・⚪︎丁目(彼の実家。無住)の薔薇が咲いたで、洋一ちゃんの家に届けとくわ。暗い中で切ったでおかしな花も入っとるかもしれんけど・・・。」

帰宅しますと暗い中、玄関の階段の横に新聞紙に包んで根本を水に浸した薔薇が置いてありました。

幼少時代わたしも可愛がって頂いた彼のご両親を思い出しました。