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ヨネダ社長ブログ

明けましておめでとうございます。

2020年01月02日(木)

明けましておめでとうございます。

輝かしい令和二年の新春をお迎えになられました事をお慶び申し上げます。

本年も何卒宜しくお願い申し上げます。


(photographed by Akiko Morita)
 
  

朝のリレー   
             谷川俊太郎
             
   カムチャッカの若者が
   きりんの夢を見ているとき
   メキシコの娘は
   朝もやの中でバスを待っている
   ニューヨークの少女が
   ほほえみながら寝がえりをうつとき
   ローマの少年は
   柱頭を染める朝陽にウインクする
   この地球では
   いつもどこかで朝がはじまっている

   ぼくらは朝をリレーするのだ
   経度から経度へと
   そうしていわば交替で地球を守る
   眠る前のひととき耳をすますと
   どこか遠くで目覚まし時計のベルが鳴ってる
   それはあなたの送った朝を
   誰かがしっかりと受けとめた証拠なのだ

                   「谷川俊太郎詩集 続」より


流れるように

2019年12月23日(月)

今年も残り僅かとなりました。

先週は二名の女子学生さんが弊社の二泊三日のインターンシップに参加されました。

三日間で駆け足でしたが営業、施工管理、設計を体験して頂きました。

若いお二人の人懐っこい笑顔に皆も元気を頂いたと思います。
  
  

社内の忘年会が部署部署で順次開かれております。

先々週はグループ会社の砂利採取販売業の西部開発の忘年会で小浜の漁師宿に行ってきました。

毎年同じ宿でやっており少人数の仲間とゆっくり食事をして機嫌よく翌朝帰ってきました。

 
先週末は市内の居酒屋で建築部はじめ神戸、一宮支店等他部署も合同の忘年会でした。29名程参加しました。

戸板一枚お隣では土木部の同じく忘年会でした。合計40名余りが同じお店に居たことになります。

両方の宴席を行き来しながら仲間と愉しく過ごしました。
 
 
 
お開きとなりとトボトボと機嫌よく一人で歩道を歩いて帰りかけました。

数分歩くと後ろから設計のA君が自転車を引いて追いついて来ました。

何時もはスタイリッシュなサイクリング車だが今日は新品ぽい普通の自転車。

「後ろに乗ってください・・・。」

「のらん。帰るし。」

「Mさんが呼んでおられます・・・。」

「行かん。」

「・・・精算が少し足りなくて・・。」

幾ばくか渡す。

「私が責任を持ってMさんに届けます^^」
 

彼と分かれて横断歩道を渡る。

横断歩道を渡ると若手のS君が逆方向からブルーのトヨタアクアに乗り声をかけてくる。彼は飲まない。

「社長、乗ってください。送っていきます。」

二人で暫し四方山話をしながら送ってもらう。

家に帰って湯船につかりながら帰りの出来事を反芻してみる。
 

・・・やけにシステマテックやなあ・・・。

・・・一連の動きが淀みなく流れるように実行された・・・。
  

翌朝A君からのショートメールに気づく。

「昨日はご馳走さまでした。お釣りはMさんが二次会に活用されていると思います。感謝。」
 
  

・・・あんなこんなで今年も暮れていく・・・
  


身体で覚える・・・

2019年12月01日(日)

昨日は土曜日で午後お客様廻りをする。三田市の山間部から篠山へ抜ける。

サイクリングの方🚴‍♀️もみられ、快晴であった為紅葉🍁が目に美しい。

篠山市ではご主人が農機具小屋におられました。正月用の黒豆の収穫でお忙しいらしい。
 
 
「株式会社ヨネダ創業70年史」が上梓しました。(本年9月が創業70周年になります。)

年末から順々に皆様にお届けさせていただこうと思っております。


ヨネダ社屋、グループ会社西部開発、西部開発社員(社史で使った写真です)
 
社史を作成している時に原稿の推敲の段階で幹部社員に確認してもらいました。

所用で北陸に向けて出発した折に古参の幹部社員からメールがありました。

「売上高のグラフ📊がおかしい気がします。」

電話をかけてみますと

「平成◯年は私の結婚した年で会社が売り上げは多かったが、内容は悪かったのを覚えております。」

私も当時は先代から引き継いだばかりでやる事なす事上手くいかず厳しい日々を鮮明に覚えておりました。

「△△・・・××・・・私はあの年の事は私の身体が覚えています!」

私もスイッチが入り、負けじと

「・・・僕の方が身体で覚えとるわ( *`ω´)」

みたいな軽い言い合いになりました。

・・・車を運転しながらそんな事で言い合いする自分に苦笑しました。

経理で確認して貰うと印刷会社が誤っていた事が判明しました。
 
 
閑話休題。

最近早い目に床に入る様にして夜半や早朝に楽しく本を読んでいます。

「掃除婦のための手引書」ルシア・ベルリン著、秀逸でした。24篇の短編ですがあっという間に読んでしましました。ユーモア、苦しみ、思いもよらない言い回し、驚きの直喩や比喩。寡作の作家であった為、殆ど日本語訳は出てないようです。3回の結婚と離婚を繰り返しながら四人の息子を育てました。アルコール依存症に苦しみながら高校教師、掃除婦、電話交換手、看護師を暦職。その後創作を始め同時代の作家に衝撃を与えたそうです。後年にはコロラド大学准教授になり創作を教える。
 
 

「フライジャル  弱さからの出発」松岡正剛著。<「弱さ」は「強さ」の欠如ではない。「弱さ」は「強さ」よりもより深い。我々はなぜ脆くはなないものに惹かれるのか?「弱さ」というそれ自体の特徴をもった劇的でピアニッシモな現象である。部分でしかなく、引きちぎられた断片でしかないようなのに、時に全体をおびやかし、総体に抵抗する透明な微細力をもっている。>という著者が、薄弱、断片、あやうさ、曖昧、境界、異端など、従来かえりみられてこなかったfraigileな感覚に様々な側面から光をあて、「弱さ」のもつ新しい意味を探る。

著者は編集工学研究所所長でISIS編集学校長。化学から芸術に様々なジャンルに取り込み、研究成果を著作、映像、マルチメデイアに発表している。IT上で壮大なブックナビゲーション「千夜千冊」を展開されています。私も時折「千夜千冊」をのぞいています。そんな縁でこの本を手にとりました。

万巻の書を読む著者の視点に大いに興味をそそられました。
 
 

・・・女の子はまだ学校にいってなかったらしく、朝、寝ている私を起こしに来ることがあった。枕元に座った女の子に揺すられながら、だんだん目を覚まして行く、こういう快い感覚を私は生涯であまり味わったことがない。

大岡昇平「幼年」・・・

 
・・・蝶をつかまえる。鱗粉をこぼさないようにそっと手をすぼめ、蝶の翅がほたほたとはばたける程度のわずかな空間を手でつくる。蝶がはばたくと手がくすぐったい。けれども、それでその蝶は全き幽閉をくだされたのであり、しかも手の中には極小の柔らかい自由がほたほたとはためいている。
 この蝶と手の間にあるわずかにあるもの、そのおぼつかない感覚がフラジリテイなのである。・・・
 しかし、蝶や小鳥がフライジャルなのは、それが稚くいとけないものであるからで、それはこわれやすくおぼつかなくて、それゆえにたいせつにされるのではない。蝶や小鳥が手にくるみたくなるほど愛らしいからフライジャルだというわけではない。そこには「うすばかげろうのような危機感」がなくてはならない。
 しかし、ここが大事なところになるが、そこには愛着と半ばする「邪悪な哀切」といったものが関与する。愛着と裏切りは紙一重、慕情と邪険もの紙一重である。先の白秋の『青いとんぼ』の最終行にそれがあらわれる。
 
青いとんぼの眼を見れば
緑の、銀のエメロウド。
青いとんぼの薄き翅、
燈心草の穂に光る。

青いとんぼの飛びゆくは
魔法つかひの手練れかな。
青いとんぼを捕らふれば
女役者の肌ざはり

青いとんぼの綺麗さは
手に触るすら恐ろしく、
青いとんぼの落つきは
眼にねたましきまで憎々し。

青いとんぼをきりきりと
夏の雪駄で踏みつぶす。

「うすばかげろうのような危機感」の美は、白秋の詩の最終行できりきりと夏の雪駄で踏みつぶしたくなる危険にもなっている。このたいせつにしたいのに雪駄で踏みつぶしたくなるような二律背反の感覚が「邪悪な哀切」なのである。途中、青いとんぼが女役者の肌となっておりあたり、これは三島の玉三郎へのおもいにも通じていた・・・

「フライジャル 弱さからの出発」松岡正剛著

 


ほっこり・・・w

2019年10月25日(金)

大安吉日で愛知県のF町で工場の地鎮祭を行いました。

台風が近づいているために生憎の雨。

朝10時からの為、支店のある愛知県一宮市に前泊しました。

神職さまは隣接の犬山市の大縣(おおあがた)神社さまにお世話になりました。

朝、現場に着きますと篠突く雨で敷地の大部分が冠水。

めげずに設営しました。

場内に排水路も掘る。

冬場の防寒に使う青白・紅白幕を覆う厚手のビニールシートが良い仕事をしました。

一連の行事をすますとお客様も神職さんも結構ぬれられ、我々もずぶ濡れになりました。

その後応接室でご契約をさせていただきました。

お客様も我々も大雨の中からの帰還(ちょっと大げさか?)で思わず笑みがこぼれる。
 
 
社内のメンバーと別れ一人で帰ることになり名神小牧ICへ向かう。(東名高速道路の起点らしい・・)

落ち着いて我が身をみるとズボンの裾や上着の袖口がかなり濡れている・・・。

お昼でしたので「きしめん」といきたかったが道路沿いのそば処に入り「味噌煮込みうどんセット」を食べる。

 

 

・・・これが美味・・・!

おつゆもご飯も全く残さず食べました。

お店を出るときに満足感でとても元気がでました。

人間って正直ですねw

 
 
・・・前夜もお客様の関係の行事があり、愛知県に向かって会社を出るのが真っ暗になってからでした。

メンバーは地鎮祭の道具を車に積んで明るい内に会社を出ました。

雨中、夜間に一人で愛知県まで運転するのが少し心もとない感じがしました。

コンビニのおにぎりを食べながら運転するのが何故か・・?嫌だったために、家内に言って急遽おにぎりを作ってもらいました。

・・・この歳になりますと、「食べ物が重要なファクターを占める」のかなぁ?と感じています。ハイ。


仲秋

2019年09月23日(月)

秋分の時節となり、空気の澄んだ季節となりました。

3DAYSインターンシップの第1回目も無事終わりました。

大学3年生の3日間の泊りがけのインターンシップは初めてで慣れないことばかりでしたが、事前の打ち合わせを何回も重ねたお陰でなんとか無事に終わりました。4名の学生さんの反応も概ね良かったようで「ほっ!」としております。10月以降も続きます。
 
  
  

さて、秋の夜長、読み返している本があります。

フランク・マコート著「教師人生」「アンジェラの灰」(ピュリッツアー賞伝記部門受賞)「アンジェラの祈り」です。著者の生い立ちを描いた3部作です。NYでアイルランド人の父母から生まれた著者が貧しさから4歳で父母とアイルランドのリムリックに帰り輪をかけた極貧の生活を送る。父は飲んだくれで、愛国者で生活能力が無い。六人兄妹の内三人は栄養不良、不衛生な環境、疾病から次々なくなる。父は失業手当を貰っても1週間の給与を貰ってもその場でバーへ行きパイント(ビール)を飲んでしまう※。戦争の始まった景気のいい英国へ出稼ぎに行くが幼子のいる家族への仕送りはバーのパイントに消えてしまう。

当時アイルランド🇮🇪(旧教)は永年に渡るプロテスタント(新教)の国、英国の収奪により経済が疲弊。母は家族を養う為にカソリック教会の施しの列に並んだりして最低限の命を永らえる。暖房の石炭がなければ幼い兄弟で道路に落ちている石炭を遠くまで拾いに行く生活。又、アイルンドではカソリック(旧教)の為、学校、教会では聖体拝領、堅信礼、告解の秘儀、教理問答、使徒信経等が事細かく生活に入っている。リーミ国民学校では教師からカソリックの教義の覚えが悪いとその都度鞭で打たれる※。

著者はラジオ放送などを聴きながら米国🇺🇸の豊かさを思い渡米資金を貯める。リムクック市では電報配達係、英国のプロテスタント系雑誌(避妊の記事で大騒動が起きる。カソリックでは避妊が禁じられている。)の配達係、金貸し老婦人の督促状代筆※(老婦人が亡くなった時に居合わせた為に渡航資金をいくばくか流用。叔母の名前が取り立て帳に書いてある為、川に流す。)の日銭稼ぎをする。遂に十九歳でニューヨークへ上陸。

ホテルの雑役夫、兵役(ドイツ🇩🇪バイエルン州の補充所への派遣。軍用犬の調教兵、中隊書記としてタイピストの腕を磨く)、退役後ニューヨークでの港湾倉庫会社での積荷おろし夫として働く。ニューヨークでは終業後毎夜同僚と飲み歩く日々(アイルランド人は呑み助で有名。NYにはアイリッシュバーがいくらでもある)。失恋から保険会社で働こうとし研修を受けるも挫折。再度冷凍会社で働くも「何のために米国へ来たのか?」自問自答の日々⌘。復員兵救護法を使いNYU(ニューヨーク)大学で働きながら学び始める(高校卒資格がないために一年間B平均の成績を維持することで入学を認められる)。教育学部に入学し教員を目指す。作文の授業の中で著者が厳しい幼少時代の体験を描いた「ベット」や「畑」が採り上げられる。

典型的な中流階級のプロテスタントのブロンドの美しい女子学生との恋、葛藤そして結婚。1957年夏学位取得。教員試験に合格し高校の英語教師の資格を得る。翌年スタテン島のマッキー職業訓練校で英語教師のピンチヒッターとして働き出す。初授業で新米教師を揶揄う生徒たち。生徒が教室で著者に向けてサンドイッチを放り投げる。それを拾い上げて食べる。「うまい」。生徒の拍手喝采。職業訓練校ではいかに生徒の目を授業に向けさせるかを苦慮していた。

ある時に生徒が前日の(生徒が創作の)欠席理由を説明する母の手紙を持ってきた。「80歳になる本人の祖母、つまり私の母がコーヒーを飲みすぎて階段から落ちたので本人に祖母と妹の面倒をみて貰う為に家に居てもらいました。お陰でフェリー乗り場のコーヒーショップの仕事に行くことが出来ました。本人を許してやってください。息子は先生の授業が大好きなのでこれから頑張ると思います。かしこ」

それに触発されそれまでの純粋な母親による欠席理由書と創作の理由書の二種類を読み直した。宝のような小説、ファンタジー、想像力、信心深さ、自己憐憫、家族問題、湯沸かし器破裂、天井落下、火事で全焼、赤ん坊とペットが宿題におしっこ、予期せぬ誕生、心臓発作、脳卒中、流産、強盗・・・。著者は生徒に「創作の神の顕現」を感じた。授業の一環として生徒に創作の欠席理由書を書かせると類稀なる集中力を発揮し授業時間が足りなくなった。「もっと、もっと。もっと書いてもいい?」校長、教育長から授業を絶賛される。「私が言いたいのは、あの授業、あの教材、何をしていたにせよ最高だった、ということだ。最高だよ。マコート君、あれこそ我々に必要な、地に足のついた教育だ。あの生徒たちは大学レベルの文章を書いていた。」

高校での教員生活に限界を感じ、アイルランド最古の大学トリニテイ・カレッジの大学院へ進学。研究ははかどらず挫折。ニューヨークへ戻る。女児を授かるも結婚生活の破綻。

全米トップクラスの高校スタイヴィンサント高校の英語科の教員の職を得る。様々なノーベル賞受賞者の母校でもある。生徒たちは入学が許可されれば全米最高峰の大学への門が開かれる。・・生徒たちは伝統的な英語の授業から絶えず脱線させようとするが、著者は敢えて彼らの策略のに乗ることにした。自由裁量が与えておられており、創作や文学について色々な方法を試してみる事、独自のクラスの雰囲気を作るよう心掛けた。

ある授業の折に生徒から「マジパン好きですか?」(アーモンドと砂糖を練り合わせて作った菓子)と聞かれ食すと美味だった為、生徒から要求する合唱が起こった。翌日生徒が「36個のマジパンを持参する」と宣言。次々と生徒から「父親のレストランの残り物を持ってくる。本当に美味しい。」韓国人の女の子が、「母親の作った口が火傷するほど辛いキムチを持ってくる」・・・。翌日多種類の料理を公園で並べて皆で試食。生徒に翌日家にある料理本を持参するように要請した。

授業では料理本を朗読する時に一緒に生徒が自主的にフルートを演奏したり、パーカッションを演奏し授業が熱気を帯びる。教室ではギターリストが弦をかき鳴らしオーボエ、ハーモニカ、ボンゴを鳴らす。・・・著者は教室で輝くようになっていった・・・。

夜半に再度読んだりしていますが、幼少期の苦境の中での記憶の確かさ、たくましさ、ユーモアとペーソス。人生の至る所でのカソリック的な悩み。(常に告解に悩まされる)テンポの良い語り口、ストリーテラーとしての豊穣さを感じます。 
 
 

・・十月から四月まで、リムクックの壁という壁は濡れて光っている。服は乾かない。ツイードのコートに何やら生き物が湧き、時には正体不明の植物が芽を出す。パブの中では湿った体と服から湯気が上がり、紙巻きタバコやパイプの煙に混じって肺に吸い込まれていく。こぼれたスタウトとウイスキーのすえた蒸気が加わる。屋外便所から小便の臭いがする。そこは、大勢の男たちが1週間の稼ぎを吐きに行く場所・・・※

・・・ベンソン先生は大変なお年寄りだけど、毎日大声で怒鳴り、あたりいっぱいに唾を飛び散らせる。前にすわっている生徒たちは、先生が病気を持っていないことを願っている。だって、病気は唾で伝染する。先生は右にも左にも病気をばらまいているかもしれない。お前たちは、教理問答書を前からも後ろからも横からもいえなければならん、という。十の戒め、七つの徳、七つの秘跡、七つの大罪、これも知らなければならん。七つの徳には枢要徳四つと対神徳三つがあるぞ。そして、お祈りだ。全てのお祈りを覚えなければならん。アベマリア、主の祈り、告白の祈り、使徒信経、懺悔の祈り、聖処女マリアの連禱、全部だ・・・※

・・・親愛なるミセス・オブライエン
貴殿からの支払いが遅滞しておりますゆえ、可及的速やかにお支払いただきたく、ご案内申し上げます。これ以上、お支払いなきあかつきには、法的措置に訴えるものとご承知おきください。ご子息マイクル様は当方がお建て替え申し上げたスーツで着飾り、世界を闊歩なされておりますが、当方はようやくパンくずにて命をつなぎとめておるしだい。誠に理不尽。リムリック刑務所の地下牢にて友人・家族と生き別れ、一人寂しく余生をおくることは、到底貴殿ののぞむところにあらずと推察申し上げます。
          訴訟準備に忙しい、あなたの
          ミセス・ブリジット・フィニューキン・・・・※

・・・あれからもう四年近くになる。私は、いま、スタテン島行きのフェリーの船上にいる。ネクタイをとり、上着のポケットに突っ込んで、その上着も脱いで肩にかけている。職はなく、ガールフレンドは去り、名前には小さな赤い旗が立っている。ビルトモアホテルに行けば、また雇ってもらえるかも知れない。ロビーを掃除し、便器を磨き、カーペットを敷く毎日・・・。いや。できない。いやしくも伍長までした私だもの。またあのどん底に戻ってどうする。
エリス島には、かつて移民事務局が置かれていた。建物のあいだで腐りかけている古い木造フェリーを見ながら、ここを通り過ぎた無数の人々のことを思った。ヨーロッパ中からアメリカを目指した人々がいた。病気が見つかって追い返されるのを恐れ、きっとはらはらしながら上陸を待っていただろう。耳を澄ませば、エリス島から大きなうめき声の波が聞こえてくるような気がする。上陸を拒否された人たちは赤ん坊を連れたまま、チェコスロバキアやハンガリーに戻ったんだろうか。そんなふうに送り返されるなんて、歴史上一番悲しい人たちだ。たしかに私も目が悪いし、名前には赤い旗が立っている。けっこうたいへんだけど、少なくともアメリカのパスポートがあって、追い返されることはない。・・・⌘

※・・・「アンジェラの灰」 フランク・マコート著より

⌘・・・「アンジェラの祈り」 フランク・マコート著より