うだつ

建築

 昨日市内を運転中、商家の外壁に「うだつ」が上がっているのを見かけました。
「うだつ」とは隣家との間にもうける土造りの防火壁で富の象徴とされました。「うだつがあがらない」という言葉もここから来ています。

司馬遼太郎さんの著書で街道をゆく⑲「中国・江南のみち」の中に杭州の街並みに「うだつ」を見かけることを期待して旅する記述があります。杭州は寧波(ネンポー)という港に近く、寧波は室町期以降、日本との海上交通の拠点として栄えました。杭州や寧波の街並みに「うだつ」が沢山見ることができたようです。

江戸初期までは町方の建物は板葺きで粗雑なものが多く火事にでもあえば密集している江戸・大坂(阪)はひとたまりもなかったそうです。江戸中期以降、奉行所は防火上の対策に腐心しました。瓦葺き・土蔵造り・塗り壁構造とひろがり都市景観が変わっていきました。

司馬さんはこの地域の民家つくり方がなんらか江戸期の日本の類焼防止の工夫に影響があったのではないかと推測されたようです。

遣唐使も通り、仏教の伝来の通り道となったこの港(寧波)からこの様な造作の仕方も入ってきたのかと思いました。

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体験入社

社内

 夏休みに3名の来春入社予定の大学生が1週間ずつ会社で働いています。大阪・京都の説明会で会社に縁のあった精鋭で大いに期待が持てます。

先輩からの評価も上々で
「大きな声で返事をしてくれるので一緒に仕事のしがいがある。」
「是非来春○○君を我が部にください・・・。」
などと引く手あまたです。

毎日大学ノートにその日の日報や感想・提案を書いてもらいましたがぎっしりと書いてありました。1週間のホテル住まいで大変だったと思いますが一緒に食事会をしたりして会社に馴染んでもらえたと思います。

目元の涼しい爽やかな笑顔を残して京阪神に帰って行きました。来春一緒に仕事をするのがとても楽しみです。

新卒杭土質新卒有難う

今昔

歴史, 社内

 先日車で梅田からの帰り御堂筋線に上がろうとして信号で止まっておりました。

「!」と目の前の光景に身体が反応し思わずシャッターを押しました。

先代は昭和30年代末からに某大手建設会社の名義人(下請け)として大阪近辺でも仕事をしておりました。昭和44年に御堂筋線(中津近辺)の仕事をしております。

目の前の光景がその場所だったわけです。
昨年から若い社員向けに簡単な社史を作ろうとして写真を整理しておりました。
同じ場所の35年前の写真が会社にあります。
当時は「大東洋」と言うサウナの横に当社の事務所があったそうです。
(その現場に行っておりました叔父に聞きました。)

会社のアイデンテイテイを感じさせられる場所です。

御堂筋

 御堂筋H17.8

会議は踊る

社内

 ある部署の会議に出席しました。
普段は出席しない部署の会議で淡々と進んでいく中で若手社員の成長を感じました。

イベントの受注の成否の一覧がボードに貼られ思わず笑ってしまいました。
こんな絵が貼ってあったら会議も楽しいですね。

会議は踊る:映画の題名。オーストリアの将軍・リーニュ公の「会議は踊る、されど進まず」という、会議を評した有名な言葉にちなんでいます。

会議

送別会

社内

 昨夜市内某所で経理課長のAさんの送別会が30数名出席して行われました。会社の金庫番として23年お世話になりました。その仕事ぶりは「早い・正確」そして会社を大事にしていただき安定したお人柄と共に多くの社員の信頼の厚い方でした。

 会も盛り上がり昔話に花が咲きました。先代の話・社員旅行の話・・・。
「米田組でも女性が働きやすい時代になって良かった。」(Aさんは女性)
「車両系建設機械の免許講習の受講申し込みを女性3人でしようとしたら上から却下された・・。雪の日に私たちで会社の場内を建設機械で除雪出来たのに・・・」

 「げに母は強し・・・!」ポジテイブな考え方に感心することしきりでした。
爽やかな表情と共に一緒に働いた余韻の残ることと思います。
送別会