2022年8月26日

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 朝夕は虫の音も聞こえ過ごしやすくなってまいりました。

 夏休み中盤(大学生)になり、恒例のインターンシップの学生さんが順次会社に来ていただいています。二泊三日の予定で土木・建築や設計・住宅リフォームに分かれて各部で対応させていただいております。業務忙しい中各社員が対応してくれています。結構大掛かりな準備になっており採用担当者は多忙を極めております。建設業界への理解が進めばと思っております。ある意味「一期一会」の出会いの部分もあります。

「この3日間で㈱ヨネダ様、ヨネダの社員の皆様、仕事内容から社内の雰囲気までたくさんのことを感じ取ることが出来ました。

最初、土木では何をしてるのか知りませんでした。しかし、現場を見学し、職人さんや施工管理者の皆さんとお話しをさせて頂く中で土木や施工管理についての内容を知ることが出来ました。 今回のインターンシップで自分の将来について考え、土木業界を知る機会を作って頂けたこと、ありがたく存じます。

KさんとIさんの現場での1日半の見学はとても忙しく、少し緊張感のある現場でした。しかし、実際の測量の体験や時間がない中でドローン体験、施工内容の説明をして頂き、貴重な時間を過ごさせてもらったことが嬉しい限りです・・・

最終日の帰り、Fさんが運転されている中、ずっと私的な話や相談をしていまい、ご迷惑をおかけしました。しかし、しっかりと話を聞き、アドバイスもして頂き、大変ありがとうございました。Fさんのアドバイスを思い出しながら、今後の就職活動を頑張っていこうと思います。」

帰郷後、こんな素敵なメールも頂きました。
 
・・・閑話休題。

 先日たまたま書棚にあった安岡正篤著「立命の書『陰隲録』(いんしつろく)を読む」を読んでみました。陰隲録は中国の善書の一つだそうです。書棚に長年積読(つんどく)になっていました。安岡正篤氏は著名な陽明学者、易学者、哲学者です。「・・時運ノ趨ク所堪ヘ難キヲ堪ヘ忍ヒ難キヲ忍ヒ以テ萬世ノ爲ニ太平ヲ開カムト欲ス・・」の終戦の詔勅に朱を入れられたのも有名です。吉田茂からは師と仰がれ岸信介、佐藤栄作等歴代の総理と繋がりが強く財界人に多くの信奉者がおられました。「平成」の元号も安岡氏の示唆によるとの説が巷間に流れています。

「運命と立命」についての本でした。

 著者である明代の呉江の人、袁了凡(えんりょうぼん)は若い頃に父を喪いました。母に医学を学ぶよう勧められておりました。慈雲寺にある時、孔という不思議な老人が訪ねてきました。

「君は仕路(官吏になる)、役人生活をする人になる。来年は科挙の学問をどんどんやるようになる。どうしてその道の勉強をしないのか?」

 宿を求められたので自宅に連れて帰り母に出会わし、これまでの運命を占って貰ったところ悉く当たりました。袁了凡は「よし!それなら一つ進士の受験勉強をしよう」と言う気になりました。

 孔老人は「県考は十四番、府考は七十一番、道考は九番で合格し、本試験の進士の受験に赴く・・。」
「某年の試験には幾晩目で合格し某年にはリン生となって禄米を貰うようになり、某年には貢生となり給料を貰うようになるであろう」
「某年には四川省の一つの大きな地方長官に選ばれる。しかし任にあること三年半で、辞表を提出し故郷に帰ることにあるであろう。そして五十三歳の八月十四日の丑の時刻に自分の家の表座敷で息を引き取る。惜しいことには生涯子供は出来ない。」と言いました。

 袁了凡はその予言にしたがって科挙(かきょ。官僚の登用試験)を目指しました。順調に孔老人の言う通りに貢生の試験に通り、都の北京に入り一箇年逗留しました。南京の国立大学に遊学することになりましたが、その前に高僧である雲谷禅師を南京の棲霞山に訪ねました。三昼夜心を鎮めて座禅を組みました。座禅の姿に一点の妄念が無いことに驚いた雲谷禅師はなぜそれができるのかを訊ねました。

 袁了凡は「自分は孔と言う老翁に一生のことを占定して貰ったところ、悉く皆的中したので、それからと言うものは、人間の栄辱死生というものはみな定まった運命があるのだと信ずるようになった。だから妄想を起こそうにも起こす妄想がありません。」と答えました。

 雲谷禅師は「何たる愚か者か。お前さんは二十年この方、他人から占定されて、少しも変化がなかったのはそもそも凡人でなくて何であるか?」※「天命は自分から作り、福は自分から求めて得るとは詩経や書経の言うところであるが、誠に立派な教訓である。我が仏教の経典にも『富貴になろうと求れば富貴を得、男女の子を欲しいと求れば男女の子を得、長寿を得たいと願い求れば長寿を得』と説かれている。そもそも虚言は仏者の大きな戒めとするところであるから、諸仏諸菩薩はどうして虚言をついて人を欺くことをされようか。そんな筈はないのである」と言う。

 袁了凡はさらに進んで質問した。「孟子に『求ればこれを得。我にあるものを求むるなり』と言うてあるが、これは道徳仁義というようなものは自分の心の内在するものであるから、努力することによって求めることはできるけれども、功名富貴というようなものは自分自身の外にあるものはいかにして求めることができましょうか?」

 これに対して雲谷禅師は言われた。「孟子の言葉は誤っていない。お前さん自身が誤って解しておるのである。お前さんは六祖の説かれているのを見たことがないか。六祖太師も『一切の福田は心というものを離れない』と言われている。自分の心に向かって求れば、天も感じないことはない。結局は自分の内に在るものを求めることに外ならない。だからただ道徳仁義といった自分の心に内在するものが得られるだけでない、功名富貴といった心の外にあるものも得られる。自分の心に向かって得ようと努力すれば、心の内に在るもの、こころの外に在るものも二つながら得られるのである・・だから自らに反省することなく、いたずらに外に向かって求めようとすれば、これを求るに道あり、これを得るに命というものがあるのであるから、結局自分の心にある道徳仁義も、自分の心の外にある功名富貴も共に失ってしまって、自分自身に何の益もないことになってしまう。」        (各々「立命の書『陰隲録』を読む」より)

 袁了凡は「立命」の説に強く感動し、教えに従い、徳性を拡充し、善行を力行し、多くの陰徳を積んだところ孔老人の予言はだんだん当たらなくなり、五十四歳で死ぬと言われたのに七十四歳まで生き、子に恵まれないと言われたのに一子天啓をもうける事が出来ました。この天啓のために自分の体験を書き留めたのが「陰隲録」です。「陰隲」とは書経の「惟(こ)れ天下、民を陰隲す」からでており、陰は冥々(めいめい)の作用、隲はさだめるという文字だそうです。すなわち「自然の支配する法則を人間の探究によって得た法則に変化させていく」事だそうです。

 京セラ創業者稲盛和夫氏の講演テープの中でも何回も「陰隲録」に触れられており「惟(た)だ謙のみ福を受く」「積善の家に必ず余慶あり」の言葉が印象深いです。

 読んでみますと、スラスラと読み進めることができました。何か目の前が明るくなった気がしました。自分の来し方を省みる事にもなりました。学生さんも青雲の「命」を立てかけがえのない自分の未来を切り開いていってほしいと思います。
 
 
※・・・予初め学海と号す。百川(ひゃくせん)海に学んで海に至るの義を取る。是の日改めて了凡と号す。蓋(けだ)し立命の説を悟って、凡夫のソウキュウに落ちざらんと欲すればなり・・・
                    (「立命の書『陰隲録』を読む」より)

 

 

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