仕事をしてましたら、○立さんが、
「社長・・・・良い匂いでしょう。」
とカオリバンマツリという花の匂いを嗅がしてくれました。
・・・とてもいい匂いでした。
社員が自宅から様々な花を出勤時に持ってきてくれます。
芍薬も随分楽しませて貰いました。
先日も、かわいい露草が花瓶に飾ってありました。
・・・季節を感じます。
紫陽花も間もなくですね。
先週は、日帰りで東京と翌日滋賀県の近江八幡市に行ってました。新幹線車中からの富士山と高速道路上からの近江富士(三上山。 432m。)です。
ちょっと、・・・スケールに差がありますね。
なにっ・・・危ないって?助手席から家内が撮りました。ご心配なく・・・。
近江八幡には家内の従姉が嫁いでおり、「家庭菜園付き分譲地のエコ村を見に来ないか ?」とのお誘いでした。
滋賀県屈指のゼネコンのA社が、「地球の芽」という会社を設立し、先鋭的な試みをされております。
なんと372区画の分譲地で、家庭菜園を設けることが義務つけられております。
どの家庭にも菜園が作られており、コミュニテイーセンターでもさまざまな農業にかかわる催しがされているようです。
近江八幡は水郷とメンタームで有名な近江兄弟社を作った建築家ヴォーリズの街です。
建築家ヴォーリズの名は、採用活動をしているときに、建築を学ぶ学生から教えてもらいました。(写真の銅像)
来春入社予定のOくんんも、たまたまこの街の出身です。
八幡神社の参道にある、有名な菓子屋の「たねや」の店舗に行き、喫茶コーナーがあり、お茶をしてきました。とても素敵な庭園がありました。
その喫茶コーナーで従姉の旦那であるヨットマンであり整形外科医のTさんが、
「 ・・・患者に市内の鰻屋の親父がいて、市内やダイエーの中の店では埒があかないので、観光地で店を探せとういうたんや。・・・そこで鰻の煙を観光客に向けてうちわで扇いだらええ・・・。そしたら八幡神社のそばに店を探してきて・・・。繁盛しとるんや。・・その2階も男の隠れ家みたいにして、通りを眺めながら昼酒を飲む場所にしたらええと言ううんやけど・・。池波正太郎の世界や。親父はそれをよう理解せんのや・・・。・・鰻の煙は近所から苦情がでたらしいけどなぁ・・。」(笑)
・・・Tさんの家にも行きましたが、庭の隅に半畳ほどの小屋建ててあり、中にはヨットの本やオーディオや修理工具やウイスキーがおいてあり、「男の隠れ家」でありました。
若いころは、週末は湖畔に停泊するヨットにひとり行き、エリック・クラプトンを聞きながらオールド・パーを飲んで眠るTさんです。
朝、新聞の経済欄を読んでましたら、「H型鋼の流通在庫減少(ときわ会調べ)」と載っていました。
大手鉄鋼会社の流通問屋の集まりを「ときわ会」と呼ぶそうです。
「ときわ」とはなんぞや・・??
午前中の貸家の地鎮祭で宮司さんの祝詞の中に、
「・・常盤(ときわ)に守護(まも)り恵(めぐ)み給(たま)ひ・・・。」
とあり、「あっ!」と思い合点しました。
・・・・
昨日の夕刻、T取締役が、
「今から再度、檜の葉を採ってきますわ。朝採ったのは良くなかったので・・。」と出ていきました。
朝、地鎮祭の準備に、竹と檜をもって、施工チームが現場に到着しました。
若いH君が、檜を触ろうとすると、T取締役は、
「Hちゃん・・。おいといたらよいで・・。俺が後でやるし・・・。」
若い者に、触らせようとしません。(笑)
後ほど、おもむろに葉を皿の上に並べて、彼の準備が完了しました。
・・・・
ここで、N君の登場。
「Nくん・・・。心の準備が出来たら・・・、鯛をこしらえてくれるか・・・?心が定まらんようやったらさわってもうたらあかんけどなぁ。」(笑) (よねだ )
「はい。」(笑)
地鎮祭には一家言あるN取締役が、見事に鯛をしつらえてくれました。
福知山城の真下で、五月晴れの中、機嫌良く地鎮祭を終えました。
施主様は先代社長の小学校時代からの親友です。
いろいろな意味で嬉しかったです。(笑)
夜が冷たい 心が寒い 渡り鳥かよ 俺いらの旅は
風のまにまに 吹きちらし♪
(旅笠道中 藤田まさと作詞 大村能章作曲 東海林太郎唄)
・・・・・何故か心に響いてくる・・・♪
・・・・昭和10年の唄だよ・・・。。
フクムラ仮設様創立20周年記念式典にて。
午後に、お部屋探しとリフォームの店である駅南店のプラスヨネダの○田さん(入社2年目)からメール頂きました。
「お疲れ様です。
昨年の7月から、毎月の○○ホテルに情報誌を置かせてもらっているのですが、今日5月号を持って行きましたら、偶然「△△さん」とおっしゃる方にお会いしました。
(米田組の)社長や、米田組の会社についてお詳しい方で、とてもいい印象を受けました。馬○常務や○田常務や田△専務の役職についても聞かれました。社長に、「△△さんが貧乏しているので、ぜひ(○○ホテルを)使ってください」と伝えるように言われました。顔が写りそうなくらい磨かれた黒の□□に乗ってらして、「貧乏」というのはすぐ「言葉のアヤ」だと分かりましたが。また、「米田組が駅南に店を出したとは今日知った。知っていたら、オープンの時に花輪でも、送ったのに」と社長に伝えて、とおっしゃっていました。
また、「米田さんのとこの子でなかったら、こんなことしないが…」と、コンビニに一緒に行ってコーヒーを買っていただきました。何度も、「米田さんのところの社員でなかったらコーヒーを買ったりしないから」とおっしゃってよくして頂きました。
いつも以上に「米田組の社員であることを誇りに思う」ひとときでした。
平日はお客様が少ないので、毎月情報誌の郵送○○社に、直接の配布に△△~××社、住宅事業部のパンフレットと、リフォームのパンフレットも持って毎月行かせてもらっていますが、「米田組」という知名度の高い会社で働かせてもらっていますので、とてもいい評判や噂を聞きますし、配布先の社員の方々によくしていただいております。「米田組」という名前に恥じないよう、また、今まで以上にプラスヨネダの知名度を上げ、・・・・・・・・。
長くなりまして、すみませんでした。」
・・・・・
夕刻、親しいお客様であり、お取引業者の□□さんが、来社される。しばし歓談の後、
「社長、話しがあります。言いにくいことやけど・・・、米田組の1Fの来客時の挨拶が、悪いですね。我々が行っても、1Fの人は一瞥するだけで、自分らの話しをしている。暗い感じをうけます。市内の○庄さん(名門の卸屋さん)に行くと、ドライバーまで含めて、大きな声で笑顔で、『こんにちは。いらっしゃいませ。』と声を掛けてくれます。行くのが楽しみになります。挨拶は商売の基本なので、徹底した方が良いですね。」(微笑)
先代から昵懇にして頂いている△△さん・□□さん、本当に有り難うございます。
(photograph by Akiko)