2026年3月12日

春眠不覚暁
処処聞啼鳥
夜来風雨声
花落知多少
(春暁 孟浩然)
桃の節句を越えて春めいてまいりました。心なしか陽光も明るくなり縮こまっていた背筋も伸びる気分です。

先日、家内の誕生日🎂で子供達から順次花束などが届きました。北関東に居る次男からはびっくりするほど大きな花束が届きました。各々彼女はとても嬉しかったのではないかと思いました。
iPad miniのメモをのんびりと眺めておりました。以前読んだ本のメモみたいなものがあり読んでみますとそれなりに「う〜ん」と考えさせられます。

・・・ドラッガー「我が軌跡」知の巨人の秘められた交友
P・Fドラッガー著 上田惇生訳
「ヘンリーおじさん、財務諸表見たでしょうに」「そんなもの見てもしょうがない。どうにでもなる。チエーンの連中と会ってきたよ。頭の良い人たちだった。でも、商品は、客のために買い付けているのではないようだった。店のために買い付けていた。間違いだよ。それじゃ客は来なくなるし、売り上げは落ちるし、利益も上がらなくなる」
私が思うに、世の中には、いつまでもバッタのように個別の問題に取り組んでいる人がいる。一般化することができずに、コンセプトを把握することができないでいる。科学者にもいるし、ビジネスマンにもいる。ところが優れたビジネスマンは優れた科学者や優れた芸術家と同じように、ヘンリーおじさんと同じ頭の動きをする。最も個別的、最も具体的なことから出発して一般化に達する。50年前の当時、人はまだあまりに経験思考だった。システム、原理、抽象化が必要とされていた。事実、私は当時数理論理学と出会って一種の開放感を味わったことを覚えている。
しかし、今では我々は、逆の意味で再びヘンリーおじさんを必要としてるに至っている。今日では、あまりに多くの人が、検証抜きの定量化、形式だけの純粋モデル、仮定による論理に傾斜し、現実から遊離した抽象の追求に耽溺している。
今日の我々は、西洋における体系的思考の原点とも言うべきプラトンの教えを忘れている。まさにプラトンの言うように、論理の裏付けのない経験はおしゃべりであって、経験の裏付けのない論理は屁理屈に過ぎないのである。 p225
彼は言った。「説明しなければならないようでは間違った提案です。誰もがこれだと言ってくれるような簡単なものではなければなりません」 p231
「私は、自分がその会社のお役に立てる時しか株を買うことはしないようにしているんです。お金儲けのためだけに頭を使うのは、かなり前に止めたんです。今は、何か良いことをしたときだけ、お金をいただくようにしています。」 p232
「しかし、企業を政治的機関とか、社会的機関として扱う本は、学者としての経歴上は、マイナスになるかもしれませんよ」
しかし、今日に至ってさえ、経済学者は、企業経済の観点からしか見ず、政治学者は、政府機関と政治プロセスにしか関心を寄せていない。そのような中で、私の著作を行った事は、マネジメントと言う、それまで知られてもいなければ、教えられたこともないものを、体系として確立することだった。そしてその後の30年以上にわたるマネジメント・ブームに火を点けることだった。もちろんこれはひとえに運によっていた。たまたま私が、他の人に先が出てそこに行ったと言うに過ぎなかった。
しかし「企業とは何か」は、マネジメントと言う体系における重要な項目、すなわち、組織構造、社会的責任、個と組織の関係、トップマネジメントの機能、意思決定プロセス、人材開発、労使関係、地域関係、顧客関係、さらに環境問題まで取り上げていた。しかもその多くは他に先駆けて論じていた。
p289
ちょうどその頃私は、調査の重点を、GMの弱みと思われるものに移そうと考えていたところだった。つまり、働く者の一人ひとりと仕事の関係だった。ウィルソンの目が輝いた。
「3ヶ月寝ていて、GMの将来のことを考えていました。私もそのことを考えました。会社の基本的な構造はスローンたちが作ってくれました。いよいよ私たちがその行動をフルに生かすことを考えなければなりません。何か中間的な結論のようなものはありますか」
私は2つのことを挙げた。1つは流動性を阻害したり、人件費を硬直化させたりすることなしに、働くものに収入を補償してやることだった。もう一つは後に私が職場コミュニティーと呼んだもの、つまり仕事の設計、成果、福利厚生などの問題の責任を現場に持たせることだった。 p301
「賃金保障については、私たちは1935年頃、一度検討しました。でも諦めました。そのようなことをすれば、GMだって潰れてしまいます。でも、あなたはそれをもう一度検討をしろと言うわけですね」
ウィルソンと私のこうした検討から生まれたものが、今日アメリカの多くの製造業で実施されている。補完的失業給付だった。 p303
ウィルソンが関心を持っていたのが、仕事と職場コミュニティーの問題だった。「アメリカでは、肉体労働者の生産性を上げ、所得を上げ、中流階級にすることに成功しました。これからは、生産性だけでなく、働きがいについても取り組まなければなりませんね」当初はアンケート調査を行う予定だったが、回答率はせいぜい5%しか見込めないと言うことで、急遽たくさんの小さな商品を用意して「私の仕事ー気に入ってる理由」と言う論文コンテストを行うことになった。私もその審査員を務めた。コンテストの結果は、まさにウィルソンや私が考えていた通りだった。さらには、ミシガン大学のレンシス・リカートやフレデリック・ハーツバーグなどの産業心理学が明らかにしていたことの正しさを証明するものだった。
すなわち賃金や昇進などの労働への対価は、ハーツバーグが名付けた衛生要因に過ぎないということだった。それらのものの不満はマイナスに働くが、それらのものへの満足はさしたるインセンテイブとはならない。成果、貢献、責任こそ、動機付けの最たるものであると言うことだった。コンテストは、働くものは、仕事に満足を見出そうとし、能力を発揮できないことを不満に思うことを明らかにした。働くものは、会社、経営陣、上司が敬意に値することを望んでいた。組合への忠誠と会社への忠誠が相反するとは考えていなかった。会社と組合の両方に属し、両方を必要とし、両方に敬意を払いたがっていた。ウィルソンはこの「私の仕事」をコンテストを在職中の最大の成果として自負した。事実、その通りだった。これほどの成功を収めたものがないと言ってよかった。GMで働くものの3分の2、20万人が小論文を提出した。 p305
したがって、フォードの救済は、プロとしてのマネジメントの責任だった。それに対し、私の説く職場コミュニティーや組合関係の問題は、社会的な責任の問題だった。 p315
私も出席したある社外の会議で、ある会社のCEOが、「我々には高等教育に責任があります」と発言したのに対し、「それでは、我々はどのような権限を持っていますか」と問いかけ、「権限は無い」との答えを得るや、「それなら、責任について話すのはやめようではありませんか。権限と責任はついです。権限を持ちたくなく、また持つべきでないと言われるのであれば、責任についても言ってはならないと思います。逆に責任を持ちたくなく、また持つべきでないと言うならば、権限については言ってはならないと思います。と言った。スローンはこの考えをマネージメントの原則としていた。もちろんこれは、政治理論と政治学が最初に教えることである。責任なく権限に正当性はなく、権限なき責任も正当性は無い。いずれも専制を招く。
スローンはプロのマネジメントとして権限を求めたが、プロとしての責任持っていた。彼はその権限をプロとしてのマネジメントの領域に限定し、他の領域では責任を持つことを拒否したのである。スローンが私の本を認めなかったのもそのためだった。p315
私はスローンの立場の強さは認めた。しかし、スローンと同じ考えを取るわけにはいかなかった。GMの弱さ、あるいは企業のマネジメントの弱さが、まさにスローンが主張する責任の構造そのものにあった。
GMは、市場シェア、利益、売上高など、スローンが成功の尺度としたものについては、大成功収めた。しかし、社会からの敬意や政治的な認知については大失敗だった。同じ事は他の専門職、医師、弁護士、教師についても言えた。彼らに対する批判は、常に社会的責任の欠如に対してであり、プロとしての役割の限定に対してだった。
今日の複雑な組織社会においては、組織たるもの、したがって、そのマネジメントに当たるべきものは、共通の善について責任を果たさなければならない。それを行えるものが、他にないからである。歴史が教えるように、異なる多元社会といえども、共通の善、公共の利益の実現は、それぞれが利害の異なる限定された役割によっては期し得ないからである。 p316・・・・
私の好きな本の一冊です。
再度味わってみたいと思います。
(以前このblogに同じ本のことを書きました。←blogをクリック)
