細雨
2011年12月02日(金)


細雨糸の如し。
舞鶴の工場の引渡し。
顧問様にお茶をたてて頂く。
お菓子もとても美味しいw
2011年11月29日(火)

久方ぶりに一気に読み進む。
とても興味深い。
国際舞台の冷徹な外交史。・・・・物語は米国の騒擾等あらゆる手段を使ったカリフォルニアの争奪から始まる。南北戦争時、常に英国を介入させないという熟慮・苦心。
ゴールドラッシュ・大陸横断鉄道・西部開発等のフロンティアスピリット。その延長の太平洋のシーレーンの確保。軍事的重要拠点としてのハワイの併合。日本・清への触手。
英国等の欧米列強の日本への関税自主権を認めない不平等条約。米国の時折見せる日本へのビックブラザーとしての振る舞いと冷徹な収奪者の二面性。
日露戦争の日本の一方的な勝利の衝撃。台頭する日本への苦々しさと仮想敵国としての認識。カリフォルニアの日本人学童隔離政策。増えつづける日本のハワイへの移民。スペインから勝ち取ったフィリピン統治の不安。セオドア・ルーズベルトの暴走するカリフォルニアの日本人排斥への自制の働きかけ。ガラス細工の日米外交・・・・。
(TVドラマ『坂の上の雲』で観戦武官秋山真之が見るキューバでの米国のスペイン艦隊の閉塞作戦は米西戦争のひとこま)
「日米の衝突は米国から見るとなるべくしてなる。太平洋の覇権をかけて衝突すべき国家同士の宿命。(地政学・民俗学的見地より)」(荷馬李 ホーマー・リー著『無知の勇気』の要旨)
1.米国の太平洋地域での最も重要な懸案はフィリピン・グアム・ハワイに繋がる島嶼(とうしょ)群の安全保障
2.単一民族は強いが、移民が多数派になると国家(米国)は弱い。
結果として、日本への恐怖心。
ホーマー・リーの冷徹な分析・・・・。
冒頭のペリーが浦賀への来航時、随員の旅行作家ベイヤード・テイラーの記述。
「相模湾沿岸は絵のように美しい。二百フィート(六十メートル)ほどの断崖が見え、その割れ目に小さな谷が見えてくる。断崖の奥に続く陸地は緩やかな起伏を見せ、そこに緑濃い木々、耕された畑が広がっていた。その後方には山々が重なり遠くの峰は霞に隠れていた。
・・・(いよいよ沢山の小船が近づいてきます。)
・・・日本人の漕ぎ手は背が高く立派な体格をしていた。均整をとれた体格には活力が溢れていた。その表情も逞しく男らしさを感じさせた。・・・・・・・船上に上がってきた日本人は蒸気機関の動きを熱心に見ていた。そこには畏れの表情は微塵も見られなかった。達之助はこのエンジンが蒸気機関車に使われているものと同じかと聞いてきた。質問を続ける彼らの見せた上品な振る舞い、洗練された人々が見せる事のできる態度だった。・・・・役人たちの顔はオリーブ色で、頬も唇も血色が良かった。目は大きく、支那人のように斜めにずれていなかった。額は広く表情は豊かで、彼らの心が生き生きとしてることの証だった。・・・ペリー艦隊の士官たちは一様に、こうした日本人が完璧な紳士であることを認めていた。」
「・・・入り江の奥の方からきれいな川が流れ込んでいた。川の両岸には民家があり果樹の植えられた庭が広がっていた。彼らをみつけると老いも若きも男も女も川岸に集まってきた。親しげに近寄ってきた人は手に手に冷たい水や熟れた桃を持ち歓迎してくれた。」(「日米衝突の根源」 1958-1908 渡辺惣樹著)
幕末の日本人にとても興味がわきます。
2011年11月20日(日)
安協の総会や雪氷作業の出動式等重なっており、何かと気ぜわしい。
思い立って・・・・、雨中徒歩で残りの地権者廻りをする。

雨のため、在宅率高し。
紙袋がびしょびしょに濡れる。
ズボンの裾も・・・。
村の中には曹洞宗の名刹がある。雨中のたたずまいも味わい深い。
道中、旧家の塀の晩秋の色のコントラストに暫し見とれる。
雨もまた良し。
二日間廻らしていただいた中で、思いかけず数軒がリフォームのお客様。
「・・・ちょこちょこお宅でリフォームお世話になっとるんやで・・・。」
「・・・お宅の釣さんは模範社員やね。」
「・・・おとうさん。ヨネダの社長さん来られたで・・・。入って入って・・・w」
と心易く話していただく。
あるお宅では年配の方が、
「うん。あんたのお父さん知っとるで・・・。家は○○の水路の横の家やろ・・・。」
とのお話。
とても有り難かったです。
なにごとの おはしますかは 知らねども かたじけなさに 涙こぼるる
西行
2011年11月17日(木)
先日、舞鶴の造船の艤装関係の工場様で竣工祭がありました。



工場内が広いため、宮司様が背中部分にスピーカーの付いた腰ベルトを付けられ、ピンマイクで祝詞を奏上されました。
・・・妙に感心しました。
式典後の祝宴で、先方の顧問様が
「工場建設は3回目ですが、一番垢抜けた工場が出来ました。・・・家も3回建てて気に入った家が出来るというけど・・・・。」〈笑)
と陽気にお話いただきました。
中国の大連にも工場をお持ちで、中国の方の携帯電話好き・・・の話など話に花が咲きました。


2011年11月08日(火)
「・・去年の子供の運動会では、テントの設営があり
『そのパイプ・・・・棟やし、其処やなしにそっちにおいて・・・。』とやっておりました。
・・・今年の運動会の設営では、6台くらいの軽トラで荷物を運びました。私がロープを締めれる南京結びでやりますと『コウヘイ君のお父さんに頼んでください。』とあるお母さんが皆に言われましたw
グランドで8Mの直角で白線を引かなければならず苦慮されてました。私が『3:4:5』(ピタゴラスの定理)で直角を出しますと皆が軽くどよめきましたw」
O部長の鼻をヒクヒクさせながらの朝礼の一こま〈笑)

2011年10月30日(日)

お勝手口に柿・みかんが大量においてある。
白板には
「実家から送ってきたひねた柿です。ご自由にお持ち帰りください。」
のようなことがかいてある。
多分和歌山出身の女性社員の振る舞い。
・・・ひねた柿?・・・・彼女一流の謙遜か・・・・・?
翌朝彼女にお礼を言う。
「ひねた柿?」
「しゃちょー、ひらたね柿ですw」
2011年10月27日(木)

新社名のロゴのお披露目。
やっと足場が取れました。
社屋も築後21年の風雪を経て、「お疲れさん。」状態でした。
大雨の時は階段廻りの窓枠から漏水があったりし、皆も
「建設会社がこれではね~・・・。。」
と顔を見合わす始末・・・。
北面は2年前に全面補修をかけており、今回社名変更を期に防水とタイルの補修・美装を行いました。
社内は毎日の掃除や月1回の一斉清掃等で充分綺麗です。
愛着のある社屋に気分も新たに、また一踏ん張りしてもらいますw
2011年10月25日(火)
日曜日から会社の安全衛生協力会の旅行に山代温泉に行ってきました。
20数名ののんびりした旅でした。

東尋坊に行くも波浪のため、遊覧船は出ず。
潮風が心地よい。
・・・・○△×・・・・快調宴会♪・・△△・・・・!!
翌朝石川県の南砺市をとおり庄川沿いの世界遺産の越中五箇山に向かう。
南砺市は建築部のM師君の故郷。

渓谷の眺めを楽しみながらバスは進む。


相倉合掌造りの家並み。
とてもほっこりとしたところ。
放射銃で噴水のように散水されている写真が有名。


山の幸のお昼の後、合掌造りの講義を受ける。
講師の方も気合いが入っている。
お料理も鮎・自家製豆腐・山菜・なめこ汁・きなこ+古代米と美味しいw

特産の塩硝の元締めの岩瀬家では「こきりこ節」を聴く。
とても上手。
♪筑子の竹は七寸五分じゃ 長いは袖のカナカイじゃ
踊りたか踊れ泣く子をいくせ ササラは窓の許にある
向の山を担ことすれば 荷縄が切れてかづかれん
向の山に啼く鵯は 啼いては下がり啼いては上がり
朝草刈の目をばさます 朝草刈の目をさます ♪
2011年10月10日(月)
夜、家内と近所の居酒屋へ・・・。
「誕生月お好み焼1枚サービス」の文字を目ざとく察知する。
「とりあえず、おでん・・・。品書き全部貰ろとこか・・。俺ゴージャスやし・・(笑)」
・・・・苦笑。(店員)
そこで、・・・
「明日が私の誕生日。」とマスターに厳(おごそ)かに告げる。

マスターがウクレレで祝ってくれるw
曲はなんと・・・・「すてきな16才」ニール・セダカ!
他のお客さんも一緒に祝ってくれる。
・・・ピースサインをしながら、愛想を振りまくY田♪
・・・ちょっと16才では無理がありましたが・・・・、楽しく秋の夜はふけていきましたw
2011年10月01日(土)
夕刻営業のO部長が帰ってくる。
現場監督が忙しくなり出払っている為、ここ2日ほど△市のホテルの改装現場の乗り込みの手伝いに。
「トラックの荷台の荷物を結べるようになりましたし・・・。・・・インターネットで検索したら結び方もYouTubeでも分かりやすく・・・・。南京結びとか言うらしい・・・。」
結構O部長は嬉しそう・・・。
「出来たら格好いいし・・・。この業界のたしなみ・・・・w」
ウィンドサーフィンをやっている部下のN山君も
「私ももやい結びは出来るんですけど・・・・。」
「・・・・・・。」Y田
・・・しばし話が盛り上がる・・・・。
・・・・・・
翌日夕刻一人で仕事をしていると、現場上がりのN上部長が帰ってくる。
・・・・・昨日のロープの話のいきさつを手短に説明し、N上部長から簡単な紐で結び方の特訓を受けるY田・・。。
「・・・よ~し!明日の朝はトラロープでやって、仕上げだ↑」