京都府の建設会社(株)ヨネダ(旧米田組)は新築住宅(住宅建築)、リフォームのご提案から、工場建築、太陽光発電、賃貸マンション・不動産売買物件仲介まで承っています。

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あぁ・・・・。。

2009年09月19日(土)

住宅やリフォームのお客様まわりをしておりました。

馴染みのお店で菓子折を用意しました。

珍しく、玄関には可愛い標示がしてありました。

おかみさんに聞きますと、お嫁に行かれた娘さんが、しゃもじで作られたのこと。

おかみさんはとても品のある方で、季節季節の会話が楽しいです。

ちなみに弊社のお客様でもあります。
 

2日間で8軒ほど廻りました。

旧知の方も多く、家に上がらせて頂いて四方山話をしたりしながら楽しく廻りました。
 

 
夕刻大江町の谷筋の村にご挨拶に行きました。

前日お留守であったために、道路状況が分かっておりました。

車を帰りがけに便利と言うことで、坂道の三叉路でUターンさせようとバックしました。

・・・・妙な違和感が・・・・。。

「あぁ・・・・。。」

・・・車が平衡を失い、どうやら後輪が路肩に落ち込んだようです。

路肩と言っても斜面です。
 

以前も綾部の白道路(はそうじ)でバックでU字溝に脱輪し、無事自力で脱出したことがありました。

・・・・・密かに・・・自信を深めておりました。
 

「今回は無理やろなぁ・・・。」

・・・秋の日は釣瓶落としで・・・日も暮れてきました。
 

 
気を取り直して、お客様宅に挨拶に上がりました。

車は道路を半分遮断した状態です。

社員のI君のお母様のご友人と言うことで、機嫌良く話して頂きました。

 
車に戻り、おもむろに長靴を履き、軍手をはめました。

トランクの中からジャッキを出して、ジャッキアップを試みました。

なんせ・・・・、車が大きいので、僅かしか上がりません。

少しタイヤが浮きました。

それから、廻りを見渡すと上の方の道路の法面に、クヌギらしき幹の折れたものが何本かあるので、2本引きずってきました。

タイヤの下に噛ますようにして、2本敷きました。

1本は車の上がる方向に曲がった幹ですので、特に彼の活躍に期待することにしました

「・・・多分、幹は斜面にずるやろなぁ・・・。」

 

運転席に戻り、ハンドルを戻して、・・・意を決して・・・バックしました。

鈍い感触と共に、グイッっと後輪が持ち上がりました。

降りてみますと、運転席の下は、すり鉢のような状態で、

どうやってこの車ここにもってきたん・・?

みたいな状態でした。
 

・・・やっと平静を取り戻して、カメラに収めました。(笑)

何回か切り返しをして無事脱出しました。

汗びっしょりになりました。
 

 
・・・メデタシ・・・メデタシ・・・。。


♪小籠につんだは・・・♪

2009年06月18日(木)

出勤しますと珍しいものが勝手口に置いてありました。

・・・そうです。

グミです。

不動産部の清掃をお世話になっているAさんが持ってきてくれました。

口に含みますと、・・・ほのかな酸味が広がります。

子供の頃、何故か大好きでした。

小谷ヶ丘の家のうらの畑に一本生えてました。

小さい頃、野球帽の中に摘んで入れて、野球帽が赤くなったことをうっすらと覚えています。

・・・今の子供はグミなんか、お菓子ばかりで自然のはたべんやろなぁ。

 

赤とんぼ

夕焼小焼の、赤とんぼ
負われて見たのは、いつの日か

山の畑の、桑(くわ)の実を
小籠(こかご)に摘んだは、まぼろしか

十五で姐(ねえ)やは、嫁に行き
お里のたよりも、絶えはてた

夕焼小焼の、赤とんぼ
とまっているよ、竿(さお)の先

(作詞 三木露風 作曲 山田耕筰)


品質をして語らしむ

2005年12月30日(金)

正月飾り受付 昨日まで年末の挨拶廻りをしました。○○社さんへ雪深い中、上がりました。○○社さんとはおつきあいが5年目になろうとしております。その間に3棟余りの工場他を建設させて頂きました。今回は4棟目の工事が始まっております。いつもゝ工場には出荷のトラックが数珠繋ぎに並んでおりその姿は圧巻です。

 到着しますと専務さんと取締役さんがニコニコして入ってこられました。
「米田組さんは真面目だね・・。うちも真面目だから・・。類ともだね・・。」(専務さん)

「なんだ・・? 年末に米田組さんと慰めあいか・・?(大笑)」(取締役さん)

『うちの工場の方針に「品質のことについてはお金のことを言ってはならない」というのがあります。・・前回の投資も世界に1社しかない生産ラインにこだわったので軌道に乗るまで時間がかかりました・・。市況がご存じの中、出荷は順調です。月○○で今期は△△突破するのは確実です。品質にこだわってきたのがじわじわ浸透したんですかね・・?』

「米田組さんとつきあって安心だわ・・・。基礎の鉄筋も大きく組んであるしね・・。」 

 まさに「品質をして語らしむ」を地でいくお話しでした。年末に大きな勇気をいただきました。

       年くるる 吾子帰り来て 妻わらふ   うらら
 正月飾り社長室おもと


戒(かい)

2005年11月23日(水)

先日来、耐震強度偽装のマンションの問題が大きく取り上げられております。この業に携わるものとして、あってはならないことです。

我々がこの仕事をしていて一番困るクレームが「道義的なクレーム」です。「不具合やお客様の気に入らない仕事についてはつぶしてやり直す。」という事をチラシをうたっております。(先代からの方針です。)つぶしてやり直すだけでもご迷惑ですのに、横着をしてご迷惑をおかけした、ましてや嘘をかたったなどということは修復がききません。

私が社長なりたての頃(15年前)に当社の顧問をお願いしているE法律事務所(大阪)を主催するO弁護士と相談する機会がありました。彼は小学校・中学校と机を並べた畏友(いゆう)です。今では東京にも事務所(神谷町)を構え弁護士が10人あまりおられます。日本経済新聞社から出版した個人情報保護法のハンドブックでビジネス書部門で長く1位にランクされたり、マスコミにも都度々出てこられます。

『米田、「オオカミと3匹の子豚」の話を知っているか・・?ブーは早く藁(わら)の家を作ったけどオオカミのひと吹きで飛んでいったわなぁ・。フーは木で作ったけど、これも簡単に毀されてしもたわなぁ・・。ウーは煉瓦で作って時間はかかったけど堅固なもんができたわなぁ。オオカミも歯がたたんかったわなぁ。社長は地域で建設会社をやるんやったら「信用」という煉瓦を1個ずつ時間をかけても積んでいかんなんわなぁ。わかるか~。』

彼のわかりやすい話が私の記憶に強く残っております。

「智恵と戒をもつものは沙門(しゃもん)なり。」

沙門:ほとけの子


清家清展

2005年09月14日(水)

 東京出張の帰りに汐留の某社のミュージアムで清家清展を見て参りました。
「違いがわかる男のゴールドブレンド・・♪」で建築家としての職業を世間に広めた有名な方です。

「私の家」(ワンルーム)が実物大で展示してありました。鴨長明の「方丈記」に記述してある「理想の住まい(ワンルーム)」を図面化し比較してありました。(鴨長明が晩年、日野山に方丈(一丈四方)の庵を結んだことから「方丈記」と名づけたそうです。後に知りました!)
ワンルームの住まいは古今東西、永遠のテーマのように思います。
出来るだけ平面を仕切らずに2つのTの字だけで間仕切ってありました。舗設(しつらえ・室礼)という考え方で必要に応じてふすまや障子で間仕切るそうです。

興味深かったのは戦時中、海軍技術見習い尉官(後に大尉・海軍兵学校教官)として舞鶴に任官されていたこと。

またワルター・グロピウスさんから清家さんへの米国のTAC(グロピウスが中心となって結成したパートナーシップ)への誘いの手紙。

「今すぐ日本を出発して米国へ来れば週給100ドルを支払うことが出来ます。・・・
ここ3・4ヶ月は仕事を確保していますがその後はわかりません・・。」

「いつの時代にも後に歴史に名をとどめる方でも仕事の確保の苦労があったのだなぁ・。」と思わず共感しました。(涙)
 
ワルター・グロピウス:ドイツでのバウハウスの指導者で米国移住後はハーバード大学を舞台に建築の偉大な教育者として有名。米国における現代建築発展の基礎を作った。

バウハウス:ドイツにおける造形芸術学校。日常の生活用品を、絵画や彫刻といった純粋芸術と同じ次元のものとしてとらえ、生活空間の充実をはかった。幾何学的な形態、原色のシンプルなデザイン、素材の素直な表現といった今日のインダストリアル・デザインの原型の作品を世に送り出した。

「住宅読本」(中村好文著):建築家の著者が清家清さん宅を訪ねてインタビューするくだりがあります。
『・・清家さんは飄々とした仙人のような方で、ニコニコ顔で語られるそのお話もどこまでが冗談なのか分からず、どう受け答えしたらいいか、実はちょと困りました。ワンルームの自邸に関する清家さんのご自慢の駄洒落は「この家は室内から庭まで石貼りの床が繋がっているので、靴のまま出入りが出来て便利だったけれども、枯れ枝や、砂ボコリや、虫なんかも遠慮なくどんどん入ってくるので困った。どうかすると犬なんかもどんどん入ってきちゃうんだ・・・で、これがホントのワンルーム!」というものでした。』(笑)

清家私の家清家展ポスター清家フロ実験