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コアの部分

2006年01月15日(日)

 篠山でのマンションの躯体内覧会があり休日出勤しておりました。お昼に福知山で所用があるため会社におりました。

「工事中の法面より湧水がある・・・。」との連絡でお役所より出動依頼がありました。あいにく休日のため担当者が遠方の実家に帰っていたりもう一人は体調不良で自宅で休養中のため私が向かいました。

 向かう車中、自然テンションが上がっていくのが自分で分かります。

現地には法面の下にお住まいの方が5人ほど出ておられ表情が硬く不安そうに見ておられました。専務も連絡が取れお役所の方ともに現地に到着しました。

「こういう形で湧水の処理をします・・。」と説明し帰りには少し安心していただき到着したときよりも笑顔で話していただけました。

 なぜ向かう車中、自分の身体からアドレナリンが出てくるのが分かるかといいますと、われわれの仕事の「コアの部分」に対峙しようとしているのが分かるからです。

 昨日も内覧会に寄りますと一日中そぼ降る雨の中、型枠大工さんが脱枠した後の型枠を手際よく片付けておられました。桟木一本一本釘を抜き、同じ長さでそろえておられ、その手際の良いそして雨中の厳しい仕事振りを見るときに身の引き締まる思いがしました。

 先日も大阪へ私の恩人であるNさん(大手住宅メーカーの元役員)に挨拶によりました。

「・・クロスメーカーの○○社だと職人さんが喜ぶ・・。職人さんが失敗しても○○社は1m2でも現地に同じように届けてくれるからや・・。自分の会社が何に徹するかが大事や・・。」

「・・ところで米田君は社長になって何年になる・・・?15年か・・?10年くらいに思っていたけど・・・。その襟につけている米田のバッチのマーク21世紀に通じるデザインやで・・。先代が21世紀に通じるように考えて作ったマークやと思うで・・。大事にしいや・・・。」

 有難いお言葉でした。

エスガーデン杉


月夜

2006年01月09日(月)

 舞鶴・由良の年始廻りの帰りに大江町のOさんのお宅に挨拶に寄りました。以前に関連会社で河川敷の桑畑の砂利採取をさせて頂いたときの地区のまとめ役をして頂いた方です。とても篤実な方でご夫婦とも穏やかな年季の入った良いお顔をされております。

 兵役中は下士官として秘書役のような形で上官に仕えられ「Oさんでないとダメ」と上官から離してもらえなかったそうです。戦後は京都でお勤めをされ夏は「蹴上げ(京都市東山区)の疎水で泳いだ。」というお話しが印象に残っています。

「日本国もこんなお方がおられたから発展したんだろなぁ・・。」と思ったことがあります。

 いつも年始めには年末でお家で杵(きね)と臼(うす)で搗(つ)かれたお餅を頂きます。売っているお餅とは違いとても粘りがあり美味しいです。奥様が家で作られた「もろみ」も絶品です。大きい豆小さい豆がはいっておりご飯に良く合います。筍(たけのこ)や野菜も・・・。(感謝)

 帰りにそのお餅を我が社のOBのIさんのお宅にお裾分けに届けました。Iさんは関連会社で地元折衝をして頂いた方で、いつも年始は

「社長、Oさんからお餅を預かってきましたで・・。」とおっしゃって頂いたことを思い出しました。

 よくOさんはじめ地権者の方々との一杯のみがあり、Iさんとほろ酔いで、タクシーの窓から由良川筋の月を眺めながら帰りました。川筋のため遮るものがなく、山の端に見え隠れする月もなかなか風情がありました。

 清水へ祇園をよぎる桜月夜こよひ逢ふひとみなうつくしき   與謝野晶子

月 山上

琵琶湖疎水:琵琶湖の湖水を、京都市の水道用として運ぶために作られた疏水(常用漢字外のため)です。営業発電として日本で初めての水力発電も行われ、京都の近代化に貢献しました。疎水は発電のほか、水運にも用いられ、鴨川と琵琶湖を結びました。しかし、京都市左京区岡崎付近では勾配が急すぎるため、インクラインと呼ばれる線路が敷かれ、船を線路の上の台車に載せて移動させました。周囲は桜の名所として知られます。